牝馬なのに、現役時代に51戦も走り続け、「鉄の女」の愛称で親しまれたイクノディクタスが、けい養先の新冠・五丸農場で2月6日、亡くなったそうです。

 

イクノディクタスといえば、買えば当たらない、買わないと来るという馬でしたね。

 

でも、現役時代は5億3112万4000円を稼いだ名牝!

 

そして、連対するときは大穴なので、配当が凄いんですよね。

 

残念ながら、産駒には活躍馬が出ませんでしたが、これも運命ですよね。

 

今回は、32歳の大往生で亡くなった「鉄の女」ことイクノディクタスを振り返ってみたいと思います。

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イクノディクタスのプロフィール

出典 https://uma-furusato.com/

 

イクノディクタスは、1987年4月16日生まれの牝馬。

 

父親はフランスとイギリスでジャック・ル・マロワ賞を勝ち、18戦6勝のディクタス。

 

マイルチャンピオンシップなどを勝ったサッカーボーイなどが産駒としています。

 

母親は、ノーザンテースト産駒のダイナランディング。

 

イクノディクタスは、高田栄治氏が生産した栗毛の牝馬で、930万円という安値で取引された市場馬!

 

馬主は勝野憲明氏。

 

そして、デビュー前は屈腱炎を発症し、安楽死も検討されていたそう。

 

しかし、故障が完治してからは、「鉄の女」といわれるまでになるのだから、分からないものですよね。

 

イクノディクタスは、栗東の福島信晴厩舎に預けられ、7月の小倉競馬場の1000mでデビューし、新馬戦とフェニックス賞を連勝し、重賞の小倉3歳ステークスで1人気となります。

 

しかし、イクノディクタスは見事に1人気を裏切り、9着に惨敗!

 

その後、イクノディクタスは牝馬3冠の桜花賞・オークス・エリザベス女王杯に出走しますが、いずれも敗退!

 

翌5歳の3月に行われたオープンレースのコーラルステークスで、フェニックス賞以来の勝利を達成しますが、次の京王杯スプリングカップで11着と惨敗!

 

でも、京王杯スプリングカップの後に出走した京阪杯を7人気で勝ち、穴馬の面目躍如という感じです。

 

こうなると、いつ激走するのか分かりませんよね。

 

その後も、5歳時にはテレビ西日本賞北九州記念2着、朝日チャレンジカップ2着と実績を積み、6歳に東海テレビ杯金鯱賞で重賞初制覇!

 

でも、この重賞初制覇の時って、1人気だったんですよね。

 

もう、この頃にはイクノディクタスのファンって多かったのかな?

 

6歳の時には、小倉記念や産経賞オールカマーも制覇して、重賞4勝馬になっています。

 

7歳になると、牝馬ながらに、3200mの天皇賞春に挑戦し、9着に敗れていますが、その後行われた1600mの安田記念で14人気の低評価を覆す2着の激走!

 

次の宝塚記念でも、8人気ながら2着に入り、安田記念の激走がフロックではないことを証明しています。

 

結局、イクノディクタスは7歳の11月まで走っているんですよね。

 

これって、馬齢変更前だから、今でいう8歳牝馬ってことなんですよね。

 

この後、イクノディクタスは繁殖牝馬になるわけですが、イクノディクタスに想いを寄せていたといわれるメジロマックイーンとも受胎しています。

 

しかし、産駒に活躍馬を出せずに2008年に繁殖牝馬を引退し、功労馬として五丸農場でけい養されていたそうです。

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最後に

イクノディクタスでは、あまりいい思いをしたことはありませんでしたが、カワイイ馬でした。

 

そして、いつ来るか推理するのが楽しみな馬でした。

 

こんな馬は中々いません。

 

イクノディクタスには、お疲れ様でしたといいたいですね。

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