G1を7勝した名馬のテイエムオペラオーが、17日にけい養先の北海道新冠町の白馬牧場で、心臓マヒで亡くなったそうです。

 

テイエムオペラオーといえば、2000年2月に行われた京都記念から破竹の8連勝を達成した馬で、ライバルのメイショウドトウとともに、当時のG 1路線を盛り上げてくれた馬。

 

また、この2000年から設けられたる褒賞金交付基準 で、天皇賞(秋),ジャパンカップ,有馬記念の3レースを連勝し、当時の1億円を獲得しています。

 

今回は、稀代の名馬テイエムオペラオーを振り返ってみたいと思います。

スポンサーリンク

テイエムオペラオーとは?

出典 http://keiba-news.tv/

 

テイエムオペラオーは1996年3月13日生まれの22歳の栗毛の牡馬。

 

北海道浦河町の杵臼牧場で生まれ、父親はオペラハウス、母親はワンスウエドで、母親の父はブラッシンググルームなので、バリバリの欧州血統です。

 

馬主はテイエムでおなじみの竹園正繼氏で、調教師は栗東の岩元市三氏。

 

そして、このテイエムオペラオーは和田竜二騎手が、デビューから引退するまで騎乗騎手として乗り続けていた馬でした。

 

和田竜二騎手にとっては、かけがえのない馬でしょうね。

 

何しろ、和田竜二騎手が獲得したG1タイトルは7つですが、そのタイトルすべてがテイエムオペラオーがもたらしてくれたものです。

 

和田竜二騎手を1流ジョッキーにしてくれたのは、まぎれもなくテイエムオペラオーでしょう。

 

さて、テイエムオペラオーに話を戻します。

 

テイエムオペラオーはセリで取引された市場取引馬でした。

 

しかも、取引額は1,050万円です。

 

そんな馬が生涯獲得金額18億3,518万円を稼げ出すわけですから、分からないものですよね。

 

しかも、テイエムオペラオーにセリかけてきたライバルは誰もいなかったそうで、馬主の竹園正繼氏は先見の明があったということなのでしょう。

テイエムオペラオーの成績

テイエムオペラオーのデビューは1998年8月に行われた京都1600mの新馬戦でしたが、テイエムオペラオーは1人気に支持されながら、2着に敗れています。

 

しかも、2戦目に選ばれているのは京都ダートの1400mです。

 

欧州血統の馬のデビューが1600mのマイルで、2戦目がダートとはいえ1400mなんて、短すぎますよね。

 

でも、当時は試行錯誤の中で、1600mやダート1400mを選んでいたのでしょうね。

 

その2戦目のダート競走で4着に敗れたテイエムオペラオーは3戦目の京都ダート1800mで初勝利を挙げています。

 

この初勝利が2月ですので、それ以降のテイエムオペラオーの成長がすごかったということになります。

 

3戦目でダート戦で初勝利を挙げたテイエムオペラオーは、500万下条件戦のゆきやなぎ賞、毎日杯を連勝し、皐月賞に駒を進めます。

 

テイエムオペラオーは、常道の報知杯弥生賞やフジテレビ賞スプリングステークスに出走せず、裏ルートの毎日杯を選んでいることが、後のレースに影響します。

 

テイエムオペラオーは皐月賞でも、アドマイヤベガやナリタトップロードといったライバルを抑え、優勝しています。

 

5人気と評価が低かったことからも、裏ルートが嫌われたのかも知れません。

 

テイエムオペラオーは続く日本ダービーでも、皐月賞を勝ったにもかかわらず、3人気となっています。

 

結局、その日本ダービーは3着に終わっていますが、裏ルートの毎日杯で勝ち、皐月賞も勝ったのが災いしましたね。

 

結局、テイエムオペラオーが勝ったクラシックは皐月賞の1タイトルのみ。

 

日本ダービーは3着、菊花賞は2着に終わっています。

 

菊花賞で2着に終わったテイエムオペラオーは、古馬との初対決のステイヤーズステークスで2着になった後、その年の有馬記念で3着になっています。

 

この3着という着順は、非常に優秀で、4歳馬の最先着馬となっています。

 

この有馬記念3着で古馬路線の次代のホープとして、認められることになります。

 

5歳となったテイエムオペラオーは京都記念、阪神大賞典を連勝し、天皇賞春も1人気に応えて1着、その後も宝塚記念、京都大賞典、天皇賞秋、ジャパンカップ、有馬記念と連勝していき、2000年のJRA賞年度代表馬に選出されています。

 

馬齢表記変更で再び5歳で走ることになったテイエムオペラオーは、産経大阪杯で1人気4着に敗れた後、天皇賞春で連覇を達成しましたが、その後は1人気に支持されるものの、京都大賞典で勝ったものの、宝塚記念、天皇賞秋、ジャパンカップといずれも2着どまり、最後の有馬記念も5着に敗れ、G1で8冠を達成することは叶いませんでした。

 

このことからも、JRA競走でG1を8回取ることは非常に厳しいです。

 

あのキタサンブラックやディープインパクトですら、7冠で止まっています。

スポンサーリンク

最後に

7冠を達成したテイエムオペラオーでしたが、産駒で活躍した馬はいません。

 

バリバリの欧州血統が災いしていたのでしょうね。

 

日本のスピード競馬には合致していないので、仕方ありませんが、1頭ぐらい活躍馬が出てほしかったというのが本音です。

 

テイエムオペラオーの現役時代、デビューから引退まで騎乗し続けた和田竜二騎手には、テイエムオペラオー以外でG1を獲得してほしいと思います。

スポンサーリンク